Calm breathing
独学ピアノの記録
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なぜバッハが必要か(練習曲としてのバッハ)
2016年09月27日 (火) 20:14 | 編集
ツェルニーを積極的に使わないという先生はいても、バッハが不必要という先生はいないようです。
なぜ、練習になる曲としてバッハがそこまで必要とされるのか、今回はまず、前回のツェルニー編とは逆に、個人的なことから話します。

まずは、ここ何年かとりわけバッハの曲が好きになったのですが、これは、多声が聴き分けられるようになったということと大きく関係していると思います。最初聴いたとき、シンフォニアや平均律とか「わけわからん曲」と思ったものでしたが今はそうは思いません。シンフォニアは、インベンションをやっているときに、「弾けそう感」を感じてチャレンジしてみたのですが、インベンションをやっている間に、3声が聴き分けられるようになっていたのだと思います。聴けないと弾けませんからね。
ということで、まず、

効果1.耳が成長する。

そして、次に、運指のこと。オーバーラッピング、アンダーラッピング、スライド、指替えなどがシンフォニアでは出てきます。シンフォニアをはじめた頃は、「軟体動物みたいなことをしなくてはならないんだな、インチキみたいな指使いだ。」と思いながらシンフォニアを弾いていたのですが、最近、他のゲーム曲などを弾いているときに、「あのインチキ運指が使える!」と思った個所がいくつか出てきました。インチキをしないと弾きにくい曲だったのがインチキのおかげで楽になるわけです笑 しかも、これ、今まで使わなかった(知らなかった)だけでインチキでも何でもないんですよね。
その結果、

効果2.運指のパターンが増え、音のつながりが滑らかになる。

個人的に感じた主なことが以上です。

次に、バッハの必要性について調べたことです。
効果1に補足.同時に複数のメロディーを聴きながら弾く練習になる。

なるほど~、です。合唱で例えるなら、他のパートにつられて自分のパートが歌えないというような状態じゃ弾けない曲ですからね、バッハは。合唱に例えると特殊な感じがしますが、そうではなく、例え右手が主旋律、左手が伴奏の曲でも、左手は自動演奏状態になっていて、自分の音が聴けてない状態というのは、気が付かないだけでよくある。そういう状態ではバッハは弾けない、というわけです。「自分の音を弾きながら、実は聴けてない」ということに気が付かせてくれるのがバッハだというわけですね。聴けてないようでは、前回の「テクニックのもとは耳にある」というところから乖離してしまいますね。そのうえ、左手が基本的に伴奏になっているような古典ソナタでもポリフォニックな動きのあるものは出てくるので、そのうちつまずくということが調べたら出てきました。

効果3.3声以上は各指の独立、強化に有用

そういえば、始終、重音や保持音を弾いている状態になるわけで、独立してないとまず弾けないですね。

こうしてまとめてみると、バッハは特殊な曲のようで、全てに応用が利く曲だとつくづく思います。

しかし、ここで1つ問題が。
いきなりインベンションを弾いて、弾けなくてピアノをやめたという話を聞いたことがあります。
やはりいきなりインベンションは難しいのかもしれないです。
インベンションに入る前に弾くといい曲集・曲は結構ありますので、そういうのを弾いてからのほうがいいのかもしれないです。曲集では、
・バッハ クラヴィーア小曲集 市田編
・Miyoshiメソード4巻~
・アンナ・マグダレーナのためのクラヴィーア小曲集
・プレ・インベンション
・こどものポリフォニー(旧版) →やさしいポリフォニー(新版)
・ミクロコスモス
・ピュイグ・ロジェ教本 1巻
・ポリフォニーアルバム
・たのしいポリフォニー
・ギロック 発表会のための小品集
などなどがあります。
※最初、ギロック・アクセントオン2も書いていましたが、4期の曲を網羅しているものの、バロックは3曲しかなかったもので、これ1冊では足りないと思い、リストから削除しました。
※ギロックの発表会のための小品集を、モル作さんの情報により付け加えました。
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「21世紀へのチェルニー」まとめと感想
2016年09月18日 (日) 10:43 | 編集
以前は、ツェルニーが絶対だった時期もあったようですね。今はそんなことはないですが、ツェルニーについての現状とか、他の練習曲のこととか知りたくて、「21世紀へのツェルニー 山本美芽 著」を買ってました。簡単にまとめて感想書きます。

①日本でツェルニーが使われるようになった理由、全ての国で使われているのか?
ツェルニーは、日本でなぜ広かったか→テクニックをはかるグレードとして、他にあまり教材がなかったからでもある。そして現在のような使われ方に至る。
あまり使われていない国も多い。例えばドイツでは、100、40、50が抜粋で時々弾かれるが、30はほとんど存在が知られていない。ツェルニーを使わなかったピアニストもいる。
バレンボイムはメカニック面はバッハと部分練習。リヒテルはツェルニーどころか、音階も訓練もやったことがないと明言している。
逆に、よく使われている国は、中国と韓国で30と40、中国では40番併用で24の練習曲も全部弾かされることが多い。

②ツェルニーがもつ機能
・譜読みの負担が少ない
練習曲には、スケール・アルペジオ・同音連打・和音・その他(左手・指の独立・トリル・3度・6度)が含まれているもので、どの練習曲をやっても力はつくが、ツェルニーは練習曲の中でも、譜読みの負担が少ないので、反復練習に集中できる。

③ツェルニーの効果的な利用法
・30~50を全てやるのではなく、生徒に必要なテクを見極めて抜粋でやらせる。
・1曲に1か月以上かけない(1つのことに長く時間をかけすぎると他のことが出来ない)、上手く弾けなくても2~3週間程度で切り上げて次々に弾いていれば、似たようなテクニックが出てきたときに自然に弾けるようになっている。
・短いエチュードを取り入れる
100番、110番、125番、毎日の練習曲のような短いものを取り入れることで、集中して短時間で仕上げる。

④ツェルニーに偏る問題点
・古典派に偏っている。
右手がメロディー、左手が伴奏であり、黒鍵の練習が少ない、和音やオクターブが少ない。

⑤その他、とりわけ重要なこと
・テクニックのもとは耳。弾けない問題はどこにあるのか見抜く判断力と耳がないとリズムが転んでいても自分では分からない。人の演奏を徹底して聴くことで耳が養われる。
・好きなものに対する好奇心や欲求が体を集中状態にさせる。好奇心や欲求などの感情は「甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン」という脳内物質を発生させ、動物が自らの命を守るために体を緊張させるのと同じ集中状態になる。→つまり、つまらんと思うものをイヤイヤながらやっても効率が悪い。

他の練習曲として、ケーラー、クラーマー、クレメンティ、ブルグ、コンコーネ、ヘラー、ブルグ、モシュコフスキー、モシェレス、ベレンス、ベルティーニ、レッシュホルン、それから指練本として、ピッシュナ、コルトー、ブラームスが解説付きで紹介されています。

「音楽作品をエチュードとして使う」、という最終章には、ピュイグ=ロジェ教本、ミクロコスモス、Miyoshiピアノ・メソードが紹介され、平均律のプレリュードを利用する方法が書かれています。
ロシアの名ピアニストにして名教師のネイガウスは「ピアノ演奏芸術」という本で、
「1巻の2,3,5,6,10,11,14,15,17,19,20,21 、2巻の2,5,6,8,10,15,18,21,23という平均律21のプレリュードをしっかり学ぶことで、非常にためになる50の練習曲を省略することが出来るでしょう。この助言が、教育関係者の間で、ある種の不満を生むだろうことも分かっています。それでもなおこれを勧めるのです。」と述べているそうです。
また、バロック小品には、スケール・アルペジオ・5指の独立・トリルなどが音楽的な表現と結びついた高度な形で使われているという解説がありました。


さて、個人的な感想ですが、やはり、赤文字にした、「つまらんと思うものをイヤイヤやっても非効率的」というのには科学的根拠もあることから大変納得です。ツェルニー好きな人は活用し、ツェルニーが苦痛な人はやらないほうがいいということですね。

僕自身、ツェルニーは好きな曲もあるし好きでない曲もある。してもしなくてもいい、その人の志向に合わせてすればいいと思っています。ただ、やはりツェルニーは古典派(ベートーベン・モーツァルト)を弾くには、いい練習曲だと思うけれど、ロマン派を弾くにはモシュコフスキーやクラーマーをやったほうがいいと思っています。(モシュコフスキー20は以前音源を聴いて、自分でも2曲やってみたけれど、テクニック面の網羅のされ方、曲想の美しさもなかなかでした。)
でも、それ以上に、これを読んだ感じも含めて、やはりバロックは重要だな~と。バロックはかなりオールマイティなんじゃないかということを思いました。自分でも、2声3声の聴き分け、弾き分けをするための過程で、懸命に他の人々の演奏も聴いてまわり、耳が育ったということを感じています。

この記事だけじゃ当然まとめきれないので、気になる人はぜひ本を読みましょう笑(まわしものではありませんw)
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「永遠の豊穣」途中経過音源
2016年09月08日 (木) 19:33 | 編集
クリックで聴けます→「永遠の豊穣・練習中
今のところ3分の1です。ミスタッチしてて汚いですが、アップしてみました。
最後の部分からが、また第2の難関です。黒鍵だらけで。
弾けない弾けないと思いながら続けていたら、だんだん形になってきました。
この調子で頑張ります!
1か月で3分の1。あと3か月で仕上がるといいな。


今後の予定
2016年09月07日 (水) 23:07 | 編集
雑然としてきたので、カテゴリを整理しました。
そして、今後弾いていくものといったん置いておくものを決めました。
言い訳じみた話になりますが、なんでこういうことになったかというと、
・第1段階
2014年10月に復活した時点で、ブランクあったもので、ちょっと戻ってインベンションから再開したわけですが、その時に、とにかく数をこなして取り戻したり、苦手な全調を取り入れようとしたりと、まず技術をレベルアップしようと、初心者の頃のように無心で弾きました。それで、練習曲類を多く取り入れてみました。
・第2段階
感覚が戻ってきた頃、インベンションとシンフォニアのCDを聴いていたら、シンフォニアに弾けそう感が出たことからチャレンジ、その時点で、数をこなす時間は少なくなっていきました。それで、練習曲類が放置されはじめます。
・第3段階
前よりはちょっとレベルアップしたっぽいし、原点回帰でゲーム曲も弾いていこうと、ゲーム曲の楽譜を購入。
・現在の状態
元々、色々とコンプリートしようと達成数を書いて並べていたのですが、より好きなほうへとシフトしていったわけです。
まあ、それでいくつか、コンプリートを後回しにするものを決めました。
残ったものが、
1.ツェルニー100
2.プレ・インベンション
3.ロマサガ・ベスト
4.三善晃「海の日記帳」
の4つです。練習曲から1つ、バロックから1つ、ゲームから1つ、曲集から1つをコンプリ目標にします。上2つはそこそこ進んでますしね。そして、追加として、
5.Miyoshiピアノ・メソードを4~12巻まで連弾以外、全曲録音
を付け加えます。これは、音源はどこにもないし、アマゾンで教材CDにプレミアついているので、今後音源が出回ることはないだろうと。

そして、メインテキストとして練習するものが、
1.バッハ・シンフォニア
平均律に入ろうかと思っていたけれど、田所先生のサイトを見たら、シンフォニア14番よりも難しいものがシンフォニアの中にあるとなっていたので、もう少しシンフォニアでいいかなと。
2.Miyoshiピアノ・メソード9巻~
「21世紀へのツェルニー」(今度感想を書く予定)にも、楽しみながらテクニックを磨くものとして紹介されていて、嬉しくなりました。

そして、それに好きな曲を1曲(現在、ジョン・フィールドのノクターン2番)と、背伸び曲を1曲(現在「永遠の豊穣」)というようにやっていきます。好きな曲の部は、特にドラクエやFFから多く選んでいく予定です。

どうでもいいことですが、一応カテゴリ整理したのでメモでした。
クリスタルなセレナーデ 湯山昭
2016年09月03日 (土) 23:03 | 編集

湯山昭さんの「音の星座」という曲集から1曲。
湯山さんは「お菓子の世界」が有名ですね。「音の星座」はその姉妹品として作曲され、発売された曲集ですが、お菓子~ほど弾かれてないようです。お菓子~ほどのインパクトはないから、子供が飛びつきにくいのかもしれないと思いました。僕はお菓子はそんなに食べたくないので、弾くのは無理だなあと思いましたが、逆に星座には惹かれましたね。湯山さんの曲は、湯山節とさえ呼べるようなメロディーの中に、変わった和音が登場し、クラシックの四期(バロック・古典・ロマン・近現代)に分類するとすれば、ロマン×近現代という感じと思います。
湯山さんの曲は、大人はそんなに弾かれてないのですが、「こどものくに」「こどものせかい」などの曲集の曲を聴くと、リアルに子供の頃の感情を思い出します。童心にかえってしまうというか。

湯山さんのインタビューにこういうことが書いてありました。
「僕は子どもの頃、一人で孤独に過す時間が多かったからね。父親は僕が2歳の時に亡くなり、母親は小学校の教員をしていました。だから、学校から帰ってから夜まで一人ぼっちで、自分で遊びを考えながら、色々なことを感じていましたね。その頃の色々な記憶が、今でも全部頭に残っているんですよ。だから、タイトルを考えるのは全然難しくない。子どもの頃の自分に戻れば、すぐに思い浮かぶんです。」
「当時は戦争中だったから、男の子がピアノをやるなんて、迫害視されていました。悪ガキがレッスンの帰り道で待ち伏せをして、僕を襲ってくるんです。命がけのピアノレッスン(笑)。当時うちにはピアノがなかったので、レッスンから帰っても練習ができず、ピアノを借り歩いていましたね。」

・・・僕は、そういう経験をしたわけではありませんが、湯山さんの曲を聴いていると、子供の頃の感情がかぶり、大変せつなく、ノスタルジックに、そして、あの大人からすれば無駄に(笑)うきうきした気分をも思い出したりします。

子供には大概ウケない三善晃さんのシブイ曲も最高ですが、湯山さんのおおよそ子供にしかウケなそうな曲もいいですね!ダブルアキラは最高です笑 この2人、似てないようでよく似ているのは、どちらもマイ・ワールド全開なところですね。(湯山さんのは一見そう見えないけれども、あれだけ子供になりきれるのは自分の中にリアルな子供の感情があるからだと思えるし、インタビューにも実際そう書いてありました。)

それにしても、湯山さんのとりわけ子供向きな曲は上手く弾ける気がしません。大人になってしまったということかな・・・
今回の、クリスタルなセレナーデは、綺麗な曲だったので、そうでもなかったのですが、ロマン派の難しさはありました。ロマン派は、とりわけ、細かいところが完成するまで曲に入り込めないつらさがあります。個人的に。しかし最近、細かいところが仕上がるまで全体を把握しにくい自分の性質に気が付いてからというもの、ロマン派が苦手だなと思うことはなくなりました。仕上がる直前まで把握できなくても、こんなもんか~と。
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